東京地方裁判所 平成6年(ワ)21341号 判決 1997年1月22日
原告
野村真由美
被告
鑰山正臣
ほか一名
主文
一 被告鑰山正臣は、原告に対し、金五九万五一二二円及びこれに対する平成二年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告鑰山正臣に対するその余の請求を棄却する。
三 原告の被告鑰山一臣に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用中は、被告鑰山正臣に生じた費用の一〇分の一と原告に生じた費用の一〇分の一を被告鑰山正臣の負担とし、被告鑰山正臣及び原告に生じたその余並びに被告鑰山一臣に生じた費用は原告の負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自、原告に対し、金七八五万円及びこれに対する平成二年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件事故の発生(当事者間に争いがない)
1 事故日時 平成二年五月五日
2 事故現場 東京都板橋区上板橋二丁目六番一四号先路上
3 被告車 普通乗用自動車
運転者 被告鑰山正臣(以下「被告正臣」という。)
4 事故態様 原告が、被告車の助手席に同乗中、被告正臣が前方の注視を欠いた過失によつて先行する車両に追突し、その際、急ブレーキをかけたため原告の頭部が被告車のフロントガラスに衝突した。
二 原告の主張
1 責任原因
(一) 被告正臣
被告正臣は、前方を注視して被告車を進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて進行した過失によつて本件事故を起こしたのであるから、民法七〇九条により損害を賠償する責任を負う。
(二) 被告鑰山一臣(以下「被告一臣」という。)
被告一臣は、平成二年八月二九日、原告との間で、被告正臣の負担する損害賠償債務につき、連帯して支払を保障する旨約したので、被告正臣と連帯して原告に生じた損害を支払う義務を負う。
2 原告の受傷と後遺障害
原告は、本件事故によつて頭部打撲、頸椎捻挫の傷害を負い、平成二年五月五日から同年七月一八日までの間、金子病院に入、通院し、同年八月二一日から平成三年一月一〇日までの間、日大板橋病院に通院し、平成二年一一月五日から平成三年一〇月三一日までの間、吉田指圧に通院し、平成三年五月一三日から平成四年四月三〇日までの間、栄接骨院に通院してそれぞれ治療を受け、同日症状が固定したが、原告には外傷性てんかん、頸椎不安定症の後遺障害が残存し、右は後遺障害等級一四級に該当する。
3 損害
(一) 休業損害 四〇〇万円
原告は、本件事故当時、訴外株式会社タニオプテイクスに勤務し、月額一七万六六三四円の収入を得ていたところ、本件事故によつて、二四月間就労することができず、右収入を得ることができなかつたので、合計四二三万九二一六円の休業損害の内金四〇〇万円。
(二) 入通院慰謝料 二五〇万円
入院慰謝料五〇万円、通院慰謝料二〇〇万円の合計
(三) 後遺障害慰謝料 七五万円
原告は後遺障害等級一四級に該当する後遺障害が残存したので、後遺障害慰謝料七五万円が相当である。
(四) 弁護士費用 六〇万円
(五) 合計 七八五万円
三 被告らの認否及び主張
1 責任原因について
(一) 被告正臣
認める。
(二) 被告一臣
否認する。
2 原告の受傷と後遺障害について
原告は、本件事故によつて頭部打撲、頸椎捻挫の傷害を負い、平成二年五月五日から同年七月一八日までの間、金子病院に入、通院し、治療を受けた事実は認める。
原告が、同年八月二一日から同年一二月二六日までの間、日大板橋病院に通院し、同年一一月五日から平成三年一〇月三一日までの間、吉田指圧に通院し、同年五月一三日から平成四年四月三〇日までの間、栄接骨院に通院してそれぞれ治療を受けた事実は認めるが、右各通院と本件事故との因果関係は否認する。症状固定日は否認する。
原告が外傷性てんかんの傷害を負つた事実、原告に外傷性てんかん及び頸椎不安定症の後遺障害が残存した事実は、いずれも否認する。仮にそうでないとしても、右はいずれも本件事故とは因果関係が認められない。
3 損害について
原告に休業損害が生じた事実は認めるが、休業相当期間、休業損害額は不知。入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、弁護士費用はいずれも額を争う。
4 既払金等
被告らは、原告に対し、治療関係費として金子病院分一一〇万円、吉田指圧分二九万七〇〇〇円、栄接骨院分五七万五五〇〇円、その他二〇万二七二〇円の合計二一七万五二二〇円、休業損害として七三万八九二六円、通院交通費八万六三一〇円、その他一万一九九〇円の合計三〇一万二四四六円を支払つた。他に、原告は、被告らの加入する保険から、搭乗者傷害保険金搭乗者傷害保険金九四万五〇〇〇円を受領している。
5 過失相殺
原告は、シートベルトを着用していなかつた結果、頭部をフロントガラスに衝突させたのであるから、その損害から過失相殺をすべきである。
四 被告らの主張に対する原告の認否
1 既払金等
不知
2 過失相殺
原告がシートベルトを着用していなかつた事実は認めるが、過失相殺は争う。
五 争点
1 原告のてんかんの因果関係と頸椎の治療期間、後遺障害
2 被告一臣の連帯保証契約の成否
3 過失相殺
第三争点に対する判断
一 てんかん様の異常波と本件事故の因果関係及び後遺障害の残存について
1 甲六ないし九、一〇の一、一一、一二ないし三六、三九の一ないし四、四〇の一ないし三、四一の一及び二及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 原告は、本件事故の際、被告車のフロントガラスに頭部を打つて受傷したが、被告車のフロントガラスには破損は認められず、原告は一瞬意識を失つただけで、直ぐに意識は回復した。原告は、本件事故によつて前額部、顔面打撲挫傷、頸椎捻挫の傷害を負い、事故当日の平成二年五月五日から金子病院に入院して治療を受けたが、同月七日に退院した。その後原告は、同月一一日、一八日、二五日と同病院に通院したが、頭痛、めまいの症状が出たため、同年五月二五日に同病院に再入院して治療を受けたところ、その入院中に脳波に異常が認められた。原告は、同年七月一五日に同病院を退院し、同月一八日に同病院に通院したが、同日で同病院への通院は終了した。
(二) 原告は、同年八月二一日から、日本大学医学部附属板橋病院脳神経外科(以下「日大病院」という。)に通院し、投薬治療を受けたが、同年九月三日のCT検査では頭部に異常は認められなかつたものの、同月一四日の検査の際に、脳波の異常が認められたため投薬治療が続けられた。日大病院の川又達朗医師は、平成三年二月一六日付で、原告の頭部外傷後状態と外傷性頚部症候群の傷害は平成二年九月一九日に治癒したと診断したが、原告は、その後も日大病院に通院を続け、主として投薬治療を受けた。原告は、平成三年一月一〇日の脳波検査では脳波に異常は認められず、また平成四年一二月二日のMRI検査では、頭部も頚部も正常で、同年一一月一九日のX線検査でも、頸椎、腰椎は正常であつた。日大病院の中野医師は、平成六年三月三日付で、原告の脳波異常と外傷との関連は不明であると診断した。
(三) その後原告は、平成六年二月四日ころ、赤羽中央病院に二度通院したが、その際にも脳波の異常が認められた。同病院の朝倉医師は、原告には脳波異常が認められるものの、明らかなてんかんであると結論するのは困難であり、外傷と関連づけるのも困難であつて先天的異常波の可能性がある、原告のむち打ち損傷の病型は、第二型(神経根型)及び第三型(交感神経刺激型)の混合型で、一、二か月で治癒したものと思われる。原告は、平成八年九月二七日時点で、三、四か月に一度くらい、腰痛、めまいを訴えているが、生理痛として治療していると診断している。
2 てんかん様脳波異常の因果関係について
右認定の事実によれば、原告が本件事故によつて頭部に受けた衝撃は重大なものではなく、意識障害は一瞬のものであり、CT及びX線の検査でも脳波に外傷による器質的な損傷が生じたとは認められず、外傷性てんかんが発症するために不可欠である脳損傷が原告に生じたとは認められないこと、原告を診察している中野医師及び朝倉医師が、原告の症状が外傷性のものであることを否定しているのみならず、朝倉医師は、脳波異常は先天性の可能性があり、原告にてんかん症状が生じていること自体を否定していることが認められ、これによれば、原告の脳波異常と本件事故との間には因果関係を認めることはできない。
3 頚椎の傷害の治療期間及び後遺障害の残存の有無について
前記認定の事実によれば、原告の頭部外傷後状態、外傷性頸部症候群の傷害は、平成二年九月一九日に治癒したと診断されていること、朝倉医師が、原告の頸椎部の受傷は一、二か月で治癒したものと思われると診断していることから見ても、原告の頭部、頚部に受けた傷害は平成二年九月一九日に治癒したと認めるのが相当である。日大病院医師平沢武彦作成の平成四年一二月三日付の後遺障害診断書には、原告に項頚部痛、腰痛の自覚症状があることが記載されているが、X線検査やCT検査において異常は認められず、右の自覚症状の残存を医学的に説明することが困難であり、かつ、右後遺障害診断書には、右の自覚症状が永続的に残存する旨が記載されていないこと、右のとおり原告の頭部外傷後状態、外傷性頸部症候群の傷害は、平成二年九月一九日に治癒したと診断されていることに鑑みると、原告に後遺障害が残存していると認めることはできない。朝倉医師は、平成六年二月四日付で、原告の頸椎の左右像で垂直頸椎所見及び軽度の不安定頸椎が認められ、これが本件事故に起因すると診断しているが、赤羽病院に通院する前の日大病院に通院していた際には、平成四年一二月二日に検査を受けた際には、MRI検査で頭部も頚部も正常であり、同年一一月一九日のX線検査でも、頸椎、腰椎は正常であつたのであるから、その後、診断を受けた赤羽病院での所見に異常が認められたとしても、右の異常所見が本件事故によつて生じたものであるとは認められない。
二 被告一臣の連帯保証契約の成否
甲三及び弁論の全趣旨によれば、原告と被告正臣は、本件事故前から不倫関係にあつたが、本件事故によつて、これが原告の親に知れるところとなり、両者の関係を清算するため、示談が成立したこと、示談書(甲三)の第三条には、本件事故に伴う賠償については別途示談とし、被告正臣は原告に対し、誠意をもつて賠償することを誓約すると記載され、連帯保証人として被告一臣の氏名が記載されていることが認められるところ、右示談書が作成された時点では、原告と被告らとの間で本件事故の賠償交渉は未だ具体化されておらず、示談書にも本件事故に関する具体的な損害の額や明細が全く記載されていないのであつて、このような状況下で成立した合意は、被告一臣は、今後交渉が始まる本件事故に関する示談の成立や円滑な賠償金の支払いに関し誠意をもつて対処することを道義的義務として誓約したに過ぎないものであつて、将来に渡る示談金の支払いを連帯して保証する旨まで含んだものではないと解するのが、当事者の意思解釈として合理的である。
よつて、原告の主張は採用できない。
三 過失相殺
原告が、本件事故時、シートベルトを未着用の状態であつたことは当事者間に争いがない。そして、原告が本件事故で被告車のフロントガラスに衝突して傷害を負つたことから見て、シートベルトを着用していれば、原告は受傷しなかつたか、少なくとも受傷の程度が軽微な結果になつていたと認められる。シートベルトについては、道路交通法上は、運転者が助手席に乗車した者に対しシートベルトを着用させる義務を負つているものであるから、運転者である被告正臣が、同乗者である原告に対し、シートベルトを着用していなかつたことを、その落度として主張することができるか疑問がないではない。しかしながら、同乗者もできる限りの安全対策を自ら図るべきであり、一挙手一投足で自らの安全を保てたにもかかわらず、これを怠たり、漫然と損害を拡大させたことは、過失相殺に際し考慮するのが、損害の公平な分担の理念に合致する。
よつて、本件では、原告がシートベルトを未着用であつたことを考慮し、損害額からその五パーセントを減殺するのが相当である。
第四損害額の算定
一 原告の損害 一四四万四五七七円
1 休業損害 六四万四五七七円
甲四、八及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故によつて、本件事故日である平成二年五月五日から治癒日である同年九月一九日までの間、就労することができなかつたと認められるところ、原告は、本件事故当時、訴外株式会社タニオプティクスに勤務し、本件事故直前の平成二年四月に一四万四〇二八円の収入を得ていたが、本件事故後の同年五月も同年四月を上回る収入を得ていることが認められ、同年五月は休業損害が生じていないと認められるので、休業損害を認める期間は平成二年六月一日から同年九月一九日までの一一一日間と認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。甲四によれば、原告は、平成元年に二一一万九六〇五円の収入を得ていたところ、これは一日当たり五八〇七円(円未満切り捨て)となるので、原告の休業損害は合計六四万四五七七円と認められる。
2 入通院慰謝料 八〇万円
原告の受傷の内容及び程度、治癒までに要した入通院期間、その他、本件における諸事情を総合すると、本件における入通院慰謝料は八〇万円と認めるのが相当である。
3 後遺障害慰謝料 認められない
原告には後遺障害は残存していないので後遺障害慰謝料は認められない。
4 合計 一四四万四五七七円
二 過失相殺
前記のとおり本件では、原告がシートベルトを未着用であつたことを考慮し、損害額からその五パーセントを減殺するのが相当と認められるので、過失相殺をした後の原告の損害額は一三七万三三四八円と認められる(円未満切り捨て)。
三 既払金 八三万七二二六円
甲四二、乙一の一ないし六によれば、被告らから原告に対し、少なくとも被告らの主張する合計八三万七二二六円の弁済が行われたことが認められる。なお、治療費等被告らの他の弁済の主張は本件では採用できない。
四 損害残額 五三万五一二二円
五 弁護士費用 六万円
本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額、その他、本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は六万円と認められる。
六 合計 五九万五一二二円
第五結論
以上のとおり、原告の請求は、被告正臣に対して、金五九万五一二二円及びこれに対する本件事故の日である平成二年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払いを求める限度で理由があるが、被告正臣に対するその余の請求及び被告一臣に対する請求はいずれも理由がない。
(裁判官 堺充廣)